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2018年5月21日 (月曜日)

ジョン万次郎の英会話

ジョン万次郎の英会話は日本における最初の英会話の本になります。

ジョン万次郎は『英米対話捷径』(1859年、安政6年)という英会話の入門書を書いています。この本は早稲田大学の図書館などにあることが知られています。
最近『ジョン万次郎の英会話』(Jリサーチ、2010) という本が出版されて、そのなかに『英米対話捷径』が載録されているので誰でも簡単に閲覧できるようになりました。

「捷径」とは「早道」というような意味です。当時西洋のことばといえばオランダ語しか知らなかった日本人にとって、はじめての英会話入門書でした。万延元年に咸臨丸でアメリカへ渡った人々もこの本で英会話を勉強したという歴史的な会話本です。『英米対話捷径』では返り点やレ点を使って、英語を漢文の読み下しのように説明しています。

You     may   say    what      you   please.
ユー マイ   セイ フッチ    ユー  プリージ 
あなた べし いう   何にても あなたの こころにあることを

Good    day,  Sir.
グーリ  デイ シャー
善き    日でござる

How    do       you       do,  Sir.
ハヲ   ヅウ   ユー   ヅー シャー
いかが ごきげん  あなたさま ようござるか

ジョン万次郎は英語も文法構造を入れ替えることによって日本語に変換できる、と考えたていたようです。

しかし、ジョン万次郎の翻訳はかなり巧妙にできているといえます。日本語表現にはないwhatなども「何にても」とはよく訳してあります。また、Good day, Sir.のSirは訳さないで、そこに含まれる相手への尊敬の気持ちを「ござる」で表していることなども、かなりの工夫が感じらます。

しかし、Good day, Sirは「・・・でござる」と訳してHow do you do, Sirを「ござるか」と疑問形に訳すためには、語頭のHowとの関係を考えなければ不可能になります。

もし、日本語と英語、あるいは日本語と中国語が語順だけを入れ替えれば変換でくるものであるとすれば、コンピューター翻訳などはもっと早く実現していた事になります。

コンピューターによる翻訳を可能にする ためにはmay say「べし いう」、say,,,please「いう こころにあることを」などのレ点や返り点をどのような場合につけるかを、それぞれの単語にそくしてコンピューターに記憶させなければならなりません。

Howは「いかが・・・ござるか」となるのでしょうか。How do you do, Sir.では、はじめのdoは「ごきげん」とし、次のdoは「ござる」となるのでしょうか。これはかなり困難な作業です。

とにかく、ジョン万次郎は英語の構造をとらえ、日本語の構造と比較してそれを転換しようと試みています。

ジョン万次郎は、英語を日本語の語順に変換しているばかりでなく、発音もみごとに日本語式に変換している。
I     am     sorry  to  hear   that    your    Grandfather     is    sick.
アイ アム ソレ ツ ヘヤ ザヤタ ユーア グランダフワザ イジ セッキ
わたくしは きのどくにおもふ ことを きく その あなたが 祖父の あると やまひで

単語には次のような仮名が振られています。

that(ザヤタ)、Grandfather(グランダフワザ)、Father(フワザ)、thing(センキ)、
than(ザン)、this(ゼシ)、morning(モーネン)、think(センカ)、rather(ラザ)、

これは辞書もなく発音の規範を示すものも何もなかった時代の発音である。Thing(センキ)、think(センカ)では-ngと-kの区別がつかなくなってしまいます。かといってthing(セン)、としたのではthin(セン)と区別がつかなくなってしまいます。日本人はジョン万次郎から150年たっても-ngの音を発音することができないのです。

そればかりか、日本語が千数百年前に接触した外国語である中国語にも-ngの発音があったにもかかわらず、日本語の音韻体系には-ngは定着していません。中国語の香港Hong Kongはいまだに「ホンコン」と呼んでいます。

現代のように辞書もあり、学校教育で英語が教えられている時代になっても英語のth-の発音がままならないのはジョン万次郎の時代とほとんど変わりません。英語の語尾の-ngについてはthing(センキ)ではカ行になり、morning(モーネン)では脱落しています。

他には次のような例もあります。
Are       you      coming?
アー     ユー   カメン
あるか  あなた  来られるで

I       am    going.
アイ    アム ゴイン
わたくし こと 行くところなり

日本人にとって語尾の-ngの発音が不得意なことは今も昔も変わりません。むしろ東京方言などでは鼻濁音の-ngが失われてgになる傾向がみられるので、英語の-ngの発音はますますむずかしくなっています。日本語では語頭では濁音の[g-]で発音し、語中・語尾では鼻濁音の[ng-]で 発音するのが正しいとされています。昔はアナウンサーなどで音学学校を「オンカ゜ク ガッコウ」などと書いて鼻濁音の「カ゜」と濁音の「ガ」を区別していました。

しかし、現在では鼻濁音が残っているのは東北地方など一部の地域だけになってしまいました。このためアナウンサーの試験でも濁音と鼻濁音の区別は重視されなくなってきているそうです。

『英米対話捷径』で、もうひとつ注意しておきたいのは最初にあげた例文にあるGood day, Sir.(グーリ デイ シャー)である。誤植ではないかと思いほかの例を調べてみるとbed(ベーリ)、bad(ヘーリ)、hard(ハーリ)など英語の語尾のdが「リ」で表記されている例があります。日本語の音節はいわゆる開音節であり、母音で終わるのが特徴です。

Goodはいまでもguddoなどと母音をつけて発音する人が多いのです。また「それはグーだよね」などといっても意味は通じます。しかし、我々はgoodとい文字の規範を知っているし、学校ではdを落とすと英語の試験では満点がもらえないことも知っています。ジョン万次郎はどうでしょうか。

脱落した例:cold(コール)、changed(チャインジ)、dead(ダイ)、eight(エイ)、hold
(ホール)、hundred(ハンヅレ)、night(ナイ)、thousand(サウシン)、unsettled(アンセツ  ル)、

両方ある例:and(アン・アンデ)、but(ハッ・バッタ)、must(マスー・マスト)、
リに転移した例:bad(ヘーリ)、bed(ベーリ)、good(グーリ)、hard(ハーリ)、should    (シーリ)、

これは表記の混乱ではなく、聞いた音をそのまま表記した結果なのです。

韻尾のdが日本語で「リ」に転移したのも、聴覚に忠実に表記したものです。日本語のタ行、ダ行、ラ行、英語でいえば-t・-d・-lはいずれも調音の位置が同じであり、いずれも歯茎の裏のあたりで調音されます。調音の位置の同じ音は転移しやすくなります。

語尾の-t・-dは脱落することもあるので、次のような例もみられます。
It is a moon light night.
イータ イシ エイ ムーン ライト ナイ

現在の英語教育を受けて辞書と教科書を使って習った人の目からすると、ジョン万次郎の英語はあれで本当に通じたのか、と思われるかもしれません。しかし、It is a moon light night.(イット イズ ア ムーンライト ナイト)もジョン万次郎の英語より通じるとは限りません。

英語のIt is a moon light night.は六音節である。ジョン万次郎の英語は十五音節で表記されています。それに対して現代の日本語英語も十五音節であり、音節のとらえかたはジョン万次郎の時代も今もそう変わりはないのです。

つまり、ジョン万次郎の英語も、現代の日本式英語の発音も現地の英語の発音からかなり離れているという点では同じようなものです。

大きな間違い
ジョン万次郎の英会話には大きな2つの間違いがあります。

1. 英語を単語単位で日本語に置き換える。
2. 英語の音声を日本語の仮名で表記する。

英語を単語単位で日本語に置き換える。

これは文法を使う事により、英語の単語にはそれに対応する日本語があると思った事です。実は言語は単語単位で意味を持つものではなく、表現全体で意味を持っています。

Thank you.
ありがとう。

Thank you.を分解して、“あなたに感謝する”とは訳しません。Thank you.の全体で“ありがとう”の意味になります。言語の場合に日本語や英語を単語を分解しても、その単語に当たる英語や日本語が存在しません。

言語は多くの事例が存在する事例基盤です。一つの事例が全体で意味を持っているため、事例の中の単語を置き換える事で翻訳はできません。

意味を理解してそれぞれの事例を覚える以外に方法はありません。

英語の音声を日本語の仮名で表記した。
日本語は子音と母音で構成されます。多くの場合に母音で終わります。しかし、英語の場合は子音と子音が繋がったり、子音で終わったりする場合あります。その英語を日本語の仮名で表現すると不必要な母音が増えてしまいます。

録音ができない時代ですから、発音記号もない時代に多言語の音を表記するのは日本語の仮名しかなかったのも事実です。

また英語の音で日本語にない音は日本語で代用することになります。典型的なのは英語ではLとRは違う音ですが、日本語ではLもRも同じ音を使います。

言語音は連続的に変化する音のストリームですから、ネイティブの音を聞いて真似る以外に方法はないのです。

現在でも多くの英語学習の間違いがありまが、実はもう最初の英会話の本でそれが始まっており、150年近く経過した現在でも改善されております。

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